【人生大逆転】学年ビリから新卒で大手企業に就職するまでのお話

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発表します。 

 

レベルの低い大学で相対的にトップを取ることで他大の院に進学し、そこで研究に打ち込み、勉強苦手・高校時代学年ビリの過去を忘れ、ロンダリングによって得た学歴を使って大手企業の内定を手にする。ズルい感じもしますが、これが私の進路です。

 

この記事は、「中学・高校で勉強がダメダメ、学年順位はほぼ最下位、だけど将来は大手企業で働きたい!」と思っている方に是非、読んでもらいたいと思っています。

 

では早速、学年ビリから新卒で大手企業に就職するまでを振り返っていきます。

 

 

 

 

そこそこな中学時代

 

2000年代初頭、家の近くの小学校を卒業し、これまた家の近くの中学校に進学しました。私立受験もせず、「義務教育の一環としてみんな中学校に進むものなんだ」くらいの認識だった記憶があります。

 

勉強は得意ではないけれど、そこまで苦手というわけでもなく、6割くらいの力で試験をこなしていき、全体の上位1/4くらいの成績を維持していました。

 

野球部・野球クラブに入り、土日も全て野球に捧げました。ただ、こちらも全力で取り組むことはなく、レギュラー、たまにベンチ、のような選手でした。野球もそこそこ好きですが、どちらかというと野球を通して友達と一緒にいる時間の方が楽しくて、部活動を続けていたように思います。

 

中学3年生になり、高校受験をします。これも、「みんな高校までいくものなんだ」という知らぬ間に醸成された認識のもと、自分でも受かりそうな高校を探しました。「多分、偏差値50くらいの高校に行っておけばいいだろう」と思っていたところ、偏差値60くらいの進学校が野球の推薦受験をはじめたという噂をきき、そこに挑戦してみることにしました。

 

受験当日、確か、1時間くらいキャッチボールしたり、走ったり、基礎的な野球の動きをいろいろさせられ、あっさり合格した記憶があります。後から聞いたのですが、定員割れしていたそうです。

 

中学での成績や模試の結果よりも大分いい高校に合格することができ、まわりにも喜ばれました。これから味わうドン底のことを知る由もなく・・・。

 

 

高校受験成功からドン底へ

 

高校に入ってから気付きました。「え、周りの人たち頭良すぎん?」と。そして、初めての試験、その気付きがしっかりと数値となって突きつけられることになります。そう、「学年ビリ」です。(・・・実際には、下から数番目くらいでしたが。)

 

この件で、親も呼び出され、担任と私と親の三者面談をした記憶があります。そして、その後、試験がある度に三者面談をすることになります・・・。

 

野球の方もイマイチでしたが、そもそも部員数が足りないため、強制的にレギュラーでした。この時も、野球がというより、友達と遊べるのが楽しいと思っていました。

 

高校3年生になってもこの状況は変わらず、とうとう大学受験期に入ってしまいます。進学校でしたので、周りはほぼ全員、どこかしらの大学を受験します。周りの影響に加え、高卒である私の親も「大学には行きなさい」と言ってくれていたため、頭の中には大学受験以外の選択肢が無い状況でした。

 

成績がドン底のため、高校受験の時のように推薦は使えません。一般応募で大学受験をしなければならないということです。仕方がないので、偏差値50くらいの大学を中心に5校ほど出願しました。

 

その結果、滑り止め以外、全て落ちました。合格した大学は、偏差値で言うと40台。ほとんど受験勉強をしていないので、当然の結果ですが、どうしましょう・・・。

 

 

低偏差値大学の危機感

 

とはいえ、一応、華の大学生。高校と違っていろいろと自由で、とても楽しかったです。地方から来ている学生は大学の近くに部屋を借りていて、授業と授業の合間の数時間の空き時間に、そこで料理をしたり、ゲームをしたり、ギターを練習したりしていました。

 

そして、初めての期末試験・期末レポートシーズン。学年ビリ高校生だった私は、「まあ、単位が貰えれば成績はどうでもいいや」と思っていました。手軽に済ませたつもりでしたが、1ヶ月後、開示された自身の成績をみて驚きました。

 

300人中、確か15番目くらいだったと思います。この時、気付きました。「あれ?ちゃんとやったら1位取れるんじゃね?」と。そこから、好成績を取ることに特化した大学生生活がスタートします。

 

授業中に教授がチラっと話したことをレポートに盛り込んで「こいつわかってる感」を出したり、講義で言われたことの一歩先までレポーティングして「こいつ学びを自分のものにしている感」を出したり・・・。もちろん、ペーパーテスト系の講義は、全力で覚え、高得点を取れるよう努力しました。

 

その結果、15位、10位、6位、3位・・・と順位を上げていき、ついに大学3生で1位を取ることができました。

 

私が1位を取って喜んでいるなか、就職活動の時期がやってきました。今まで通りであれば、周りに流されながら「大学を卒業したら社会人になるものだ」と思って、私も就職活動をはじめるところでしたが、私なりに真面目に勉学に励んでいたため、「このまま社会人になるのはちょっと物足りないな・・・」と思うようになっていました。

 

しかも、周りの友達は、就職活動がうまくいかずに苦戦しているようで、「学歴フィルター」と呼ばれるものに引っかかっているのではないか、そして私自身も、このまま就職をしても、納得のいく会社に入れないんじゃないかと危機感を覚えていました。

 

そんな中、ゼミの教授から、研究室の繋がりがある他大学の院進学を勧められることになります。しかも推薦で・・・。テクニックだけで優等生ぶっていた私が、大学院で通用するのか?と疑問に思いましたが、このまま就職しても納得いく会社に入ることができないと悟った私は、大学院に進むことを決意します。

 

 

一か八かの大学院進学

 

推薦を使って大学院に進学しました。社会学系の研究室で、研究生活がはじまります。正直、高校生の頃の周りの友達からしたら、あの学年ビリの奴が院進学しているなんて信じられないでしょうし、何より自分が一番驚いています。

 

研究は専門性が高く、大変でしたが、好きな領域に関することだけを研究すればいい(=苦手な領域はやらなくていい)ので、意外と自身に向いていて、進学してよかったなと思いました。

 

修士課程は2年間ですので、入ってから数ヶ月で就職活動がはじまります。博士課程への進学は流石に次元が違うと感じ、ここでようやく就職活動をはじめることにしました。

 

文系の院生でしたので、就職活動は苦戦するかと思いきや、エントリーシートで落ちることはほぼなく、面接も2次、3次あたりまで進むことができ、「大学院」というブランドを感じていました。ただ、それだけでは最終面接に合格することができず、何社も最終段階で落ちる中、なんとか、憧れの大手企業に内定をもらうことができました。

 

 

過去など知らぬ顔をして大手企業へ

 

現在も新卒で入社したその会社に勤めています。院卒なので、どんな研究をしていたか聞かれることが多いですが、社会学系の中でも応用分野の研究していたので、ちょっと話すだけで、それっぽくなるため、誰も私が「高校時代学年ビリだった」とは気付けないでしょう。

 

 

 

まとめ 〜勉強が苦手でも大学院へ〜

 

自身の能力よりもレベルの高い高校に入ることができてしまったため、勉強で周りに置いていかれ、学年ビリになってしまい、その結果、低偏差値大学にしか進学することができませんでした。しかし、大学では高校と逆の状況、つまり、自身の能力よりもややレベルの低い大学に入った(にしか入れなかった)ため、相対的にその中ではトップに位置することができ、院への進学の道が拓けました。そうして、いわゆる「学歴ロンダリング」状態となり、就職活動の成功、大手企業への内定を実現させることができました。

 

「勉強苦手だし、大学院なんてレベルが高すぎて無理だよ・・・」と思う方もいらっしゃると思いますが、「中学・高校の基礎的な勉強」と「大学の講義や院での研究」は全く持って別物だと思います。特に、大学や大学院では、自身の好きな領域について研究をすることはもちろん、自分の研究を他人に面白いと思ってもらうことや、「まだ誰も言っていなくて新しいんだ」と新規性を示すことなどに創意工夫を凝らすことも必要です。新しいアイデアを考えることが好きで、そこに、あとは忍耐力さえあれば、研究者に向いていると言ってもいいと思います。

 

中学・高校生で、私と同じように、勉強苦手、学年順位低めの方に、こんな道もあることを知ってもらいたい書いてみました。ご参考になれば幸いと思います。